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上高地の歴史と年表

標高1500メートルの河童橋から望む、穂高連峰や焼岳など名山の数々。
梓川の清流、四季折々の緑や花々。日本有数の山岳景勝地・上高地は、人が人に帰る悠久の大自然です。

日本が誇る山岳景勝地 上高地

■上高地を世界に称賛した人々

上高地の歴史を語るとき、耳にする2人の名前、上條嘉門次と、ウォルター・ウェストン
日本にやってきた英国人宣教師、W・ウェストンは1896(明治29)年に著した『日本アルプス登山と探検』の中で、自らが登った上高地と穂高連峰、槍ヶ岳を広く世界へ称賛しました。それまで日本の登山とは、「信仰・修行としての山登り」であり、「狩猟など生活のため」の山行きでありました。その登山をレジャーとして広く知らしめ、上高地を有名にした彼の功績は「日本近代登山の父」として今日でも広く称えられています。その際、W・ウェストンの山行きを案内したのが上條嘉門次。嘉門次の名は、W・ウェストンの著書にも記されています。
2人の歴史からさかのぼること60余年前、初めて槍ヶ岳に登ったのは富山の僧侶・播隆(ばんりゅう)上人。山岳信仰登山として、信者を引き連れ幾度となく槍ヶ岳に登ったと伝わります。その後、英国人・ガウランドが1877(明治10)年に槍ヶ岳を登山、北アルプス一帯を『Japan Alps』と表現しています。日本人では鵜殿正雄がはじめて前穂高岳に、上條嘉門次とともに登りました。
1916(大正5)年、のちの首相・東久邇宮殿下が槍ヶ岳に登山するにあたり、島々~徳本峠、明神~槍ヶ岳の登山道が整備されました。このころから徐々に広く大衆登山へと山は開かれ、上高地は観光地として知られていきました。

ウォルター・ウェストン碑

ウォルター・ウェストン碑

残雪の穂高連峰

残雪の穂高連峰

■山岳リゾートとしての上高地の発展

現在では年間120万人もの人々が訪れる山岳景勝地・上高地。
手付かずの自然が多く残る、大自然の宝庫と呼ばれる由縁はまた、「リゾート観光地」としての歴史が浅いためでしょうか。一般観光客が多くこの地を楽しむようになったのは昭和年代に入ってからです。
1927(昭和2)年、芥川龍之介が何度となく訪れた上高地・河童橋を題材に、小説『河童』を発表。同年、秩父宮殿下が登山に訪れ、またケショウヤナギの植物で理学的発見がなされるなど一般の注目を集めました。その後国の名勝および天然記念物に指定され、それまで山小屋や温泉宿もまばらであった高地に、初の山岳リゾートホテル(現・上高地帝国ホテル)が開業しました。
1940(昭和10.20)年代に入ると山岳ブームはますます加熱し、観光客は増加の一路をたどり、県道は整備されてバスやマイカーの乗り入れも頻繁となりました。しかし反面、自然への影響は深刻な問題となったのです。
そこで1975(昭和50)年、県道上高地公園線のマイカー規制を開始。クルマによる排気ガスの影響を最小限にとどめることで、多くの動植物の営みや、空気や水の美しさが保たれています。多くの方の理解を得て、上高地は今日も変わらぬおもてなしで旅人を迎えます。

河童橋

河童橋

■次代へ残したい風景・上高地

上高地ならではの、上高地でしか見ることのできない風景━。上高地の自然保護意識は、すでに100余年前に根付いていたものでした。
上高地で最初に自然保護の動きがあったのは、1909(明治42)年のことです。すでに高山植物の採取を禁止・保護するようになり、また保護の一方で上高地バスターミナルと小梨平周辺では、1915(大正4)年から約10年かけてカラマツの植栽をしています。
雷鳥、カモシカ、イワナは次々に捕獲が禁止され天然記念物に指定。上高地一帯も天然記念物や国立公園に指定されました。上高地の地元住民の多くが、1963(昭和38)年から「上高地を美しくする会」を発足させ、ゴミのない美しい上高地を目指して、日々道路周辺のゴミ拾い活動を行います。
上高地の自然を次代へ。大自然というかけがえのない、代替のないものを子どもたちへ継承していくこと。それは私たち一人ひとりの使命です。訪れる方一人ひとりの愛情で、上高地を守っていきましょう。

ツツジ

ツツジ

上高地の年表

年号(西暦)月日 出来事
文政11年 (1828年) 07月20日 隆槍ヶ岳に登る 仏像を安置する
明治10年 (1877年) 07月28日 ウィリアム・ガウランド槍ヶ岳に登る
明治18年 (1885年) 05月 上高地牧場放牧始まる
明治25年 (1892年) 08月12日 ウォルター・ウェストン槍ヶ岳に登る
明治26年 (1893年) 08月25日 ウェストン 嘉門次を案内に前穂高岳に登る
明治38年 (1893年) 09月12日 鵜殿正雄日本人登山家として前穂高岳に初めて登る
明治40年 (1907年) 02月08日 焼岳大爆発
明治42年 (1909年) 08月16日 日高山植物の採取禁止となる
明治43年 (1910年) 河童橋初代つり橋架設される
大正04年 (1915年) 春 現在のバスターミナル周辺にカラマツ植栽を始める
大正04年 (1915年) 06月06日 焼岳大噴火により大正池出現
大正05年 (1916年) 02月 山林局上高地一帯を保護林に指定 以後伐採禁止される
大正05年 (1916年) 08月12日 東久邇宮稔彦殿下槍ヶ岳に登る
大正09年 (1920年) 秋 小林喜作 喜作新道を開通させる
大正12年 (1923年) 03月07日 雷鳥が国の天然記念物に指定される
昭和02年 (1927年) 03月01日 芥川龍之介小説『河童』を発表する
昭和02年 (1927年) 07月06日 「日本八景」に上高地が『渓谷の部』で選ばれる
昭和02年 (1927年) 07月24日 芥川龍之介自殺する
昭和02年 (1927年) 08月 秩父宮殿下奥穂高岳槍ヶ岳縦走登山する
昭和02年 (1927年) 理学博士中井猛之進 上高地でケショウヤナギ発見する
昭和03年 (1928年) 03月24日 上高地が国の名勝および天然記念物に指定される
昭和06年 (1931年) 04月 1日 国立公園法が公布される
昭和08年 (1933年) 10月5日 上高地ホテル(現在の上高地帝国ホテル)が開業する
昭和09年 (1934年) 05月01日 カモシカが天然記念物に指定される以後狩猟禁止となる
昭和09年 (1934年) 12月04日 上高地一帯が中部山岳国立公園に指定される
昭和09年 (1934年) 上高地牧場終わる
昭和10年 (1935年) 07月 河童橋までバス乗り入れる
昭和22年 (1947年) 06月14日 第1回ウェストン祭行われる
昭和27年 (1952年) 03月29日 上高地が国の特別名勝特別天然記念物に指定される
昭和30年 (1955年) 02月15日 カモシカと雷鳥が国の特別天然記念物に指定される
昭和50年 (1975年) 01月01日 上高地の梓川での釣りが禁止となる
昭和50年 (1975年) 04月 県道上高地公園線のマイカー規制始まる
平成09年 (1997年) 12月06日 安房トンネル開通する
平成16年 (2004年) 07月24日 観光バス規制始まる
平成17年 (2005年) 07月02日 新釜トンネル開通する
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