上高地のスポット【河童橋】
河童橋といえば上高地、上高地といえば河童橋。上高地の中心にあってシンボル的存在ともいえる河童橋は、上高地バスターミナルから徒歩5分の場所にあります。その橋上から望む穂高連峰や焼岳、梓川の水面、緑に萌えるケショウヤナギの風景は、訪れる人の心をとらえてやみません。5月連休や夏季、紅葉の季節には旅人が多く訪れ、河童橋付近は「上高地銀座」とも呼ばれるほどにぎわいます。
1927(昭和2)年、作家・芥川龍之介もまた小説『河童』に河童橋を登場させています。その数年前に氏は北アルプスを登山し上高地に遊んでいます。時を数年経てなお氏の心に訴えるなにかを、河童橋は持っていたに違いありません。
にぎわう河童橋と焼岳
芥川龍之介の描いた小説『河童』は、河童の国の滞在記をひとりの精神病患者の口をかりて綴った架空のものがたりです。河童の国の舞台は、上高地から槍ヶ岳、穂高岳に至る梓川周辺。氏が槍ヶ岳登山を行ったのは1920(大正9)年で、そのころの現実の風景が小説内にそのまま忠実に描写されているといわれます。当時の梓川の岸はまだ、通る人もまばらな静かな山中でした。当時の風景や、作家の心に想いを馳せながら小説『河童』を読んでみるのも楽しいかもしれません。
※芥川龍之介(1892~1927)大正期の小説家。東京帝国大学卒。『羅生門』『鼻』など数多くの作品を残した。1927年『河童』を発表後に自ら命を絶つ。
晩秋の穂高連峰と河童橋
河童橋はいつかけられ、誰がどんな理由で河童橋と命名したのかはわかっていません。その昔は河童橋の下は深淵で、その深みを「河童の渕」と呼んでいたという説から。あるいは、昔は橋がなかったために川を渡るには着物を頭にのせて水の中を歩いていき、その姿が河童に似ていたため・・・などという説もあります。
また、芥川龍之介が北アルプスに登り、そのときの経験から『河童』を発表したことで名づけられたという説もあります。しかし、初代の河童橋はすでに明治後期から昭和初期には架けられていたともいわれ、歴史や年代、由来の真相は現在もはっきりわかっていないのが事実です。人々が訪れてやまない河童橋、その歴史が紐とかれる日を待ち望むばかりです。







