上高地のスポット【大正池】
鏡面のような美しい水面に、雄大な穂高の姿を映す大正池。立ち枯れの木々が幻想的なようすは、上高地を代表する風景のひとつとして多くのメディアに登場します。
大正池は1915(大正4)年6月6日の午前に突然あらわれた池です。焼岳が大噴火をおこし、その際に噴出した多量の泥流により梓川がせき止められてできました。水没した林は幻想的な立ち枯れとなり、神秘の景観をもたらしています。大正池はできた当時、梓湖と呼ばれたこともありますが、大正年間にできたことから今の名称が定着しました。
大正池の立ち枯れの木
現在の大正池は、標高1490メートル、深さ3.9メートル、周囲2.4キロメートル余。焼岳の噴火でできた当初の湖面積は3.9平方キロメートルもあったといいます。これは現在の2倍以上の大きさで、水面上の立ち枯れの木々は、昭和初期には2000数百本を数えたと伝わります。
また、1927(昭和2)年にはその豊富な水量と大きな落差が電力資源に利用できるとして、大正池は霞沢発電所の貯水池として使用されました。当時は相当な発電量を誇るものであったといいます。しかし大正池はその後、土砂の流出のために縮小を続けて現在に至ります。上高地最大の美しい池、その姿を後世に残したいと願います。
神秘を湛える早朝の大正池
かつての文人は、大正池のことを「魔の池」と表現しました。池の中に棲むイワナが虫を狙う風景が、作者にそのような表現をさせたのでしょう。
「この水の上に、小さな虫が落ちると、今まで下の方ですましてゐた奴が、いきなり上を向いて突進してくる。~霞澤ヶ岳の影と白樺の影が、一緒になつて、ぶるぶると震へてゐる。哀れとはこんな感じであらう。あたりは、いたつて静かだ。相変わらず蝶を呑むいはなが水の中を動いてゐる。水の中には悪魔がゐる。大正池は魔の池である。」(板倉勝信『山と雪の日記』より)
昼間の風景だけでない、大正池の夕暮れや夜、早朝の表情もぜひご覧ください。







