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キャンプギアクリエイター・小杉敬⑴ ものづくりの流儀

上高地 SPECIAL TALK

キャンプギアクリエイター・小杉敬⑴ ものづくりの流儀のイメージ

潜在需要があるところに、こういったものですよねって具体化させるのが僕の仕事。
半歩先の道具を作っていくイメージですね。

小杉 敬(こすぎ けい)さん

株式会社ゼインアーツ代表取締役社長。長野県松本市在住。キャンプギアクリエイターとして数々のプロダクツを設計開発。手掛けたテントは発売と同時に売り切れるほどの超人気商品で、いま最も手に入りにくいブランドである。

SCENE 1

小杉は1972年新潟県の巻町に生まれた。父親が県職で県内を3年ごとに転勤していた関係で、次に移り住んだのが福島と新潟の県境・津川町。そこでの生活に強烈な印象が残っていた。そこは本当に山の中で、学校でも山の中をよく走らされていたという。それほどアウトドアと生活とが密接になっていた。遊ぶのがもう山の中、というのを小さい頃から経験しているので、自然に対する抵抗感が全くないという感覚はそうした幼少期に形成されていた。
そこからまた街中のほうに移り住んで、山とは遠縁になっていくのだが…
「椎名誠さんの『あやしい探検隊』って小説ありましたよね、それのテレビ放映を学生の頃仲間と一緒に見ていて。島とかに冒険に行ってキャンプして帰ってくる、冒険といっても誰でもできそうなことなんですけど、なんか真剣にやっている…。他愛もないことで楽しそうにはしゃいでいる大人たちの光景を見て、カッコイイなぁって思ったんですよね。自分もこういうことしたいって。」
影響された小杉は早速週末、仲間を誘い近くの山に行って自然の中で過ごしてみた。それがすごく心地良く、木のにおいとか土のにおいとかに思い起こされる懐かしい気持ちとワクワク感で、もっと奥に入っていきたいという欲求にかられていた。
「当時は登山とかキャンプとか全く知識がないまま、サンダルで山に行って、ピークハントって知識もないし、ただ山に行ってうろうろして帰ってくるだけでしたけどね。でも、ものすごく興味が湧いてきて、アウトドアショップに行って登山道具やキャンプ道具を物色していく。またそこで衝撃を受けたんですけど、野外で調理をするときのバーナーってありますよね。それがかなりメカニカルで、すごく小っちゃくなるじゃないですか。で、組み立てていってそれが大きくなったり小さくなったりするギミックが今までの生活の中になかったので、衝撃でしたね。こういう道具を持っていくんだっていうことで、道具にも興味が湧いてきてアウトドアがより楽しい領域になっていきました。」
「そこからバイトしながら道具を揃えていって、登山をし始めるんですけど、最初に買ったテントはブルーシート素材で作られたホームセンターで売っている安いものでね。早速仲間と一緒に山で泊まるってのをやってみようと、山の中腹に広がるゴツゴツした岩場でキャンプしようってことになって、スーパーで仕入れた食材をみんなで食べたりして、それがものすごく楽しくて…。楽しすぎてテントの中で寝るのも忘れるくらいで、結局岩の上で寝てたんですけどね。朝起きてみたらテントが風で飛んでて…、ペグダウンとかもよくわかってなかったから。下のほうに転がっていて最終的には回収できたんですけど、なんかそれもすごく楽しかったんですよね、野外に自力で泊まるってのが。それが最初のキャンプでしたね。強烈に印象に残っています。」

それをきっかけに、よりアウトドアの深みにはまっていく。道具にもさらに興味をもつようになり、新潟の山々を登るようになっていた小杉は高校卒業後、新潟のデザイン専門学校でグラフィックの勉強をしていた。そして新卒で新潟の某アウトドアメーカーに就職する。当時はそれほど大きな会社でもなかったが、専門学校にきた求人をみて自分もアウトドアが好きだったので、今考えるとグラフィックとは全く違う領域で多少チグハグ感はあったが、ものづくりという視点では同じような頭の使い方をするので、なんかできるんじゃないかと思って入社した。
そこから様々なものづくりに携わり、スキルを磨いた小杉は2018年松本で起業。株式会社ゼインアーツを設立する。
「新潟にも素晴らしい山はたくさんあるんですけれども3000m級の山は少なくて…。北アルプスは新潟県人としては憧れの地で、何度も訪れてみたい場所。新潟にいた頃は一番乗り降りしたのが松本インターですね。しょっちゅう上高地にも来ていて、新潟からだと前日沢渡で車中泊して翌朝上高地に行って、登山の行程的にお昼くらいにまた沢渡に戻ってくることが多いので、新潟へ帰るまでの時間に松本の街を見てまわる。それくらい松本の街はよく訪れていましたし、松本で生活している人がすごく羨ましかった。自分ももし縁があったら住んでみたいなぁと常々思っていました。」
いよいよ起業という時、ちょうど息子も大学入学で親元を離れるタイミングでもあった。夫婦二人となれば別に新潟の土地に縛られることもなかった。起業するのに、また自分たちが今後の人生を送るのに最適地はどこかと考えた時、真っ先に頭に浮かんだのが松本だった。
「アウトドアという職種的にも自然の中にいたほうがスムーズに事業を展開できるだろうし、我々の商売は平たく言えば物流なので、お客さんも北は北海道から南は九州までいて、全国に納品することを考えたら日本の真ん中にいたほうがいい。しかも大雪のリスクがない太平洋側で…と考えたら自ずとここ松本あたりになる。あと港も中京・関東と選べることを考えると海外からの物流もスムーズにいくし、やっぱりここしかないと。」

ここ何十年かアウトドア業界にいてものづくりのスキルを得た小杉は、その得たスキルを世の中に還元していきたいと思っていた。
「よく自分が欲しいものを作るみたいなことを言うじゃないですか、それってあくまでも個人的なものでしかなくて、自分はそうじゃなくて、より多くの人たちに喜んでもらうものづくりをしたいんですよね。 自分が欲しいものというよりは、多くの愛好家の人たちが欲しいと思うものを作っていきたい。もちろんその多くの人たちの中に僕自身も含まれている、という考え方でそれを常に意識してやっています。」

「松本という場所は、良いものを作り出すために必要な環境が整っている場所だと思います。製品テストしたり撮影したり、アウトドアフィールドが身近にあるという事は、仕事の効率を高められるのでここにいる必要性は高い。 これが都内だとまたこっちに来なきゃいけないので時間のロスがあるし、日本海側だと天候があまり良くないのでフィールドテストする機会も失われる。晴天率が高くてアウトドアフィールドが身近にある松本は、僕らの商売にとっては非常に効率が上がります。 あとは使うシーンをイメージしながらいろいろできるし、キャンプ場も近い。長野県には本当に良いキャンプ場がたくさんあるので、実際そこにテントを立ててみてロケーションにマッチするギアになっているかどうかの確認ができます。」
アウトドア業界でものづくりに携わっている者たちは大概《機能美》と言う。小杉自身もこの事業を始める前まではその言葉にめちゃめちゃ縛られていた…
「機能を追求していったその先に美しいものが現れる、だからとにかくその機能を集中して考えてやっていくという価値観でずっとやってきたんですけど、最後の最後でそういうのとはちょっと違う次元で、なんか手直ししている自分が常にいて、調整している。バランスを良くしながら機能だけを追求していても美しさが現れない場合の方が結構多くて、やっぱり機能の塊になって行くんですね。 機能を追求しなきゃいけない道具なので、それはそれでいいんですけど…。でも僕らが何故アウトドアに行くのかって言うと、アウトドアっていろんなジャンルがあると思うんですけど、写真を撮りに行く、尾根歩きもそうだしクライミング、カヌー、マウンテンバイク、あらゆるアウトドアの中で美しい世界を見に行くっていうことだけが共通していると思うんですよね。」

「だとしたらそこで使う道具にも美しさっていうものがなきゃいけないんじゃないかと思う。やっぱり自然の中にポンと置く道具なので、自分が見ている景観の中に機能の塊があったら興ざめしちゃいますよね。そうじゃなくて、それも一緒にピクチャーのなかで映えるべきものだと思いますよね。 自然界の美しさと人間が作る美しさとは違うんだけど、人間の視点から見て美しいかどうかを判断しているわけで、そこを追求していくべきなんじゃないかなと思います。」

他メーカーが緑や赤・黄・オレンジなど目にも鮮やかな色合いのテントを作るなか、小杉が作るゼインアーツのテントは 《サンドストーン》 ただ一色。
「もちろん機能も追求しながら美しさも追求していくっていうのが高次元できるんだったらいいかなって思いで、フォルムもそうなんですけど、色も機能や美しさの一部なので、自然の中で美しく映える色っていうのを考えていったらあの色になったってことですかね。
いろんな人にいいね!って言っていただきたいので、あの色はめちゃくちゃ吟味していて、あれよりちょっと濃いめになると男性が喜ぶんですよ、ミリタリーっぽくて。でも女性は引いていくんですよね。逆にあれより薄くなっていくと女性は喜ぶんですよ。でも今度は男性が引いていく。だから女性も男性も老若男女みんながいいねって言う絶妙な色を選びました。」


日本の景観にマッチする美しい道具を作りたい。その思いをネーミングにも反映させた。
「日本で使う道具なので、ちゃんと日本語を使って美しいものを表現したい。海外のどこの国の言葉だろうなぁっていう雰囲気があると思うんですけど、みんなあれ実は日本語で、漢字に変換できるんですよ。でも日本人て外国の言葉に弱い。島国なので目線は外に行くんですよね、そういう心理もわかっていて露骨に漢字で表現するよりも、どこの国の言葉だろう?って思うような音で、カタカナ表記にしているんです。英語とかドイツ語とかじゃなく、国を限定しないどこの国か分からないような音にしたいと思って。ちょっと違和感のあるようなネーミングが多いと思うんですけれども、それが1つの特徴になっているのかもしれませんね。」
*ネーミングの由来
〈ロガ〉は露岩から 〈ゲウ〉は夏雨から 〈ギギ〉は巍々から
〈オキトマ〉は谷川岳のツーピーク・オキノ耳トマノ耳から
〈ロロ〉は浪路から *雲海に浮かぶ荒船山の姿を見て
〈ゼクー〉は???? *この先にその答えが…


ゼインアーツという社名は『座して半畳寝て一畳』という言葉からきている。


*座して半畳 寝て一畳とは…
人間の生活に必要な面積はせいぜい座って半畳分、寝ても一畳分の大きさがあれば足りる。 つまり「自分の身の丈を知り、必要以上の豊かさを求めるべきではない」という教え。


「僕はその精神性がすごく好きで、僕自身もものづくりも経営もそうなんですけど、謙虚でいたい。座=ZA 寝=NE ZANE でゼインアーツという社名にしたんです。」

自らデザインした会社のロゴ Zは座っている人、Nは寝ている人を表す

「ゼクーはおそらく自社のフラッグシップモデルになるだろうと思ったので、仏教の教理『色即是空』から付けたネーミングで、-有って無いもの- みたいな意味なんですけど。ものづくりをする上では『色即是空』という言葉はマッチしてないのかもしれないけど、そう名付けたかったんですよね。」

「結局のところ、ものを生み出していくっていうのは欲求の行為であるわけで、そこは常に自分を見つめながらやっていく。
社名のゼインアーツもそうだし、ゼクーという商品も一番最初に生み出したものなので、これから作っていくモデルに対してもそういう気持ちでありたいなと思うし、僕が作っているものは『有るけど無いもの』みたいな、そこは禅問答のように迷って迷ってやっていきたいなという感じです。僕にとっての戒めですね。
それと、まずは事業を立ち上げての一発目のプロダクトだったので、これからおそらく永続していくだろう会社の、未来の社員に向けたメッセージでもあります。」

*色即是空 空即是色…
般若心経に出てくる言葉。
《この世界の形あるものはすべて因縁によって生み出されたものであり、実体と呼ばれるものがない。すべてが因縁で生じているから、すべてのものは存在する》という意味。
*因縁とは…
仏教用語。物事はすべて、その起源すなわち直接的な力 【因】 と、それを助ける作用すなわち間接的な条件 【縁】 とによって定められている。仏教ではすべての物事生滅はこの二つの働きによって起こると説く。


小杉のものづくりは明快だ。みんなが何となくこういったものがほしいなぁと思っているけど今ないもの、自分が欲しいものというよりは、多くの人が欲しいと思うものを作る。
アウトドアが大好きだから、ものづくりしているだけで幸せ。個人的欲求はそこで解消されている。
「もちろんこれからも皆さんが求めるものをコツコツ作っていきたい。アウトドアという大きなジャンルの中では、これを作っちゃいけないとかいう気持ちは全然ないので、登山用品とかアクティビティー用品とかも作っていきたいと思っています。今はまだキャンプにフォーカスしているけれども、これからジャンルを広げていって自分の作れるものは作っていきたい。
ただ総合メーカーとしてラインナップを揃えたいとかそういう事は思ってなくて、自分の身の丈に合ったものづくりの中でこれが無いから作るっていうんじゃなくて、自分が作っていいもの、自分の知識やスキルがあるものに関しては作っていきます。」

「そのなかでも山岳テントは当初から作りたいと思っていて。山岳領域の場合は機能と美しさの面では、バランス良くっていうよりもしっかりした機能性が求められるし、持ち運びには小型軽量化とか設営のしやすさ、過ごす時のサイジングとかいろんな制約がある中で、形が自ずと決まってくるんですね。だからあまり奇をてらったデザインにはならなくてスタンダードなフォルムにはなると思うんですけど…。クロスフレーム構造はシンプルですし、それを超えるものはないと思います。
ただジュラルミンがなかなか入手しにくいんですよね、今。コロナの関係もあって。フレームの素材なんですけど、世界的なアウトドアブームのなかで取り合いで品薄になっていて…。それも来年くらいには解消されそうなんですね。そうなったら着手しようかなと…。でもあまり期待しないでください(笑)」


そうは言っても期待してしまいますよね、皆さん!
(取材/2022.7.20 上高地ホテル白樺荘 穂高連峰が間近に見えるラ・ベルフォーレテラスにて)
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